越後三十三観音霊場・孫の百観音満願の巡拝 NO1
2014/10/19(Sun)
             可愛いお遍路さん百観音☀満願☀

越後三十三観音霊場・・平成2年6月11日・能美夫妻・横井さん・寿芳・孫三歳・夜明け前中山タクシーが

三人を乗せて迎えに来て呉れて、智徳を迎えに向かう。眠い目をショボ・ショボさせて、娘に抱かれて

「お早う御座います」と、皆に挨拶。孫も参加するなら同行者道中誰にも遠慮なく連れて行きたいので料金

は同額払った。私が縫った白衣に(南無阿弥陀仏)の六文字・首に掛けた念珠は近江三十三観音霊場の

道中で同行者・全員の思いが込められた祈念の念珠・頭蛇袋の中には・ガンダムのハンカチ・ティッシュも

子供らしい絵の物☀智徳の母の愛☀運転席の真中に、娘が敷いて呉れた座布団に座る。

早く起こされてもお参りに着いて行きたい。智徳「行って来ます」と、同時に安心して一眠り。諏訪湖SAで

トイレ休憩「智徳・起きなさい」・「もう着いたの?」・「トイレ」・「僕、無いよ」・「したく無くても行くの」「はーい」

千鳥足で付いて来る。皆さんからのお接待の受け方も、前の道中で心得て居た。「頂きます」と、どんな物

でもお接待は受ける(私の許可は聞かない様に教えて有った)

●お接待には色々有る・物・お金・心・体・言葉・白衣を着たら自分が仏になり・欲も捨て・たとえ嫌なお接
待でも、自分が手を合わす仏様からの遍路へのお与えと断れない●

前以って全員に智徳へのお菓子のお接待は断ってあった。甘い物が好きな孫には可哀想だが智徳は娘

から預かった子・甘い物アレルギー・娘との約束は守った。(例外は有った)長野県白馬で朝食・長野県西

北端・北小谷から山越えをして新潟県の糸魚川に出る。「お婆ちゃんあの煙なあに」智徳の差す指先は・山

の谷間に上がる温泉の湯気だった。「温泉よ」・「寄って行こうか」・「今夜温泉に泊まるからね、

お参りが先よ」・「はーい」私は走る車の景色が好きで何時も眺めて居た。智徳も大人しくお接待で遊ぶ。

狭い車の中でも退屈もしないで、皆の邪魔にはならなかった。小さな声で「皆、寝てるよ」・「朝早いからね」

「僕も寝ても良い」と、私達のやり取りを聞いて。中ちゃんが「駄目だよもうすぐお昼御飯だからね、智ちゃん

何処かお店をさがしてね」と、云われて探す智徳が「あそこに有るよ」と、中ちゃんが私を見る・目で返事

「あそこにしょう皆を起こして」・三人の名前を呼ぶ、私達のやり取りを目はつぶって居ても聞いて居る。

智徳に起こされた振りで「アー良く寝た、智君がお店を見付けてくれたの有り難う」と、皆が誉めて遊んで呉

れる。お店に入って「智は何食べる」・「僕はお蕎麦がいいな」と、昼食代は旅行料金で払って有るが、値段

を越した分は自分で払えば良い。注文が一つ足りない?「一つ足りないよ」と、中ちゃんが「解って居ます。

智君が残したら私が食べます」と、私は驚いたが・中ちゃんに腹がたった。「智徳は子供だから、皆より食べ

るのが遅いし、遠慮はさせたくないから、残すのを待たないで食事は道中のお与え。中ちゃんもお腹が空い

ては運転が大変よ」と、「すみません」と、私の気持ちは解って呉れた!智徳は残さずに全部に頂いた。

                           長いので次に続きます      合掌
越後 (3)

越後

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越後で戴いた寿が数年後に法名が寿芳に驚く
2014/10/18(Sat)
      ☀越後霊場を書こうと思って調べて驚いた☀

越後のお土産にと住職に筆で書いて頂いた☀寿☀の字が法名の一字

直子

   善光寺の上人様にお授け戴いた☀法名寿芳☀とは驚きましたので先に載せます。  合掌゛

法名

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母の形見の羽織
2014/10/15(Wed)
        淋しい時は・しがみ付き・苦しい時は・母に聞きます

母は私と何時も一緒です。母の形見分けの時に羽織を頂きました。母がバスから降りてからのお参りに

御一緒した加藤さんに母の羽織を綿入れの☀ちゃんちゃんこ☀にして頂いて持って参拝しました。

兄嫁に「何と云う事を・するの結城は高いのよ」と、母が大好きだった羽織を仕立て直してコートの代わりに

何処にでも行きました。

戦争中に軍事工場に指定されて女社長だって働きました。御国の為に左手の親指を第一関節から切り落

しても工場の機械は停める事は出来なくて・一人でお抱えタクシーを呼んで病院に行ったのです。憲兵さん

に罪は無いと思いますが翌日から事務所に居ました。前記事で社長と偉そうに書いた云い訳です。

母の形見
         ☀母の羽織は袋の間々枕にもしました☀
母の袋

白い頭蛇袋は幾度と無く人様のと・間違えるので色を変えて自分で作りました。頭蛇袋で面白い話が有り

ます・とても高価なハンドバックを預かった甥達が大事に抱えて居るのが寿芳の頭蛇袋
      (私には大切な念珠とお参り道具)母の孫だと思いました。

頭蛇袋 (2)

母の形見の念珠でお参りしても石には念が入りません・念珠は木の実が(菩提樹)一番と聞きました。合掌
珠

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十和田湖の母は無念の涙
2014/10/14(Tue)
         ☁長い道中亡き人の仏前の扉は開かなかった☁

平成1年11月2日に姉の運転で沼津迄送って貰い・姫沙羅で合流して昼食後・弟夫婦の車に乗りかえて

横浜の弟の家で泊り・五泊六日の旅に出た。十和田湖に眠る母の番頭さんの佛前にお参りしたいと

弟の車で出掛けた。蔵王のお釜を見たとても綺麗なグリーンで全体が見えるのは珍しいと教えて貰った。

珍しい温泉(湯治場)青根温泉・不忘閣に泊まったが母には可哀想だった。

三階までの階段・・お風呂が入り口は男女別だが中は共同風呂・・弟が男湯の脱衣所の前で来た人に

お断りをして呉れて女三人が一度だけ入ったが後は女湯に入った。

母は朝風呂が好きなのに階段が嫌だと一度のみ。十和田のお店に挨拶に行き仏壇にお参りを、お願い

したが家の方に有るので今は困ると断られた。冬から春まで30年も出稼ぎに来て居たのに断るとは(涙)

☁年老いた、社長が名古屋から来たのに☁余りにも失礼で思いやりが無いと思う☁

十和田湖のホテルの窓を開けて二人で心経を三巻挙げて大きな声で会いに来たからねと湖に叫んだ。

母の目に光る涙を見た。奥入瀬渓谷も車の中で綺麗ね・弟に帰ろうと話したほど淋しそうな母の姿だった。

福島県裏磐梯→檜原→猪苗代湖→も車から降りなかった。翁島→大磯最後の旅親孝行が無駄になった

☁翌年の二月に此の世を去た☁母と約束道理一晩看病した☁最後の心経をベッドで挙げて・暖かくなった

ら四国へ行こうね☁母の頬に涙が流れた☁一度帰って今夜くるねと私が病院の駐車場に行く時に息を引

き取った寿芳に付いて行ったと弟に聞いた。                合掌

               写真は母の友達と十和田に行った時の思い出
十和田

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日本一周バスの旅・九州編      №2
2014/10/13(Mon)
            ☀楽しそうでも老いは隠せないが楽しそうにして居た☀

水前寺公園で自由食だが母は、北海道の元気は無かった。母が歩くのを嫌がるので娘婿に頼まれた焼酎

お土産は全部焼酎にした。八代→箱崎→種子島は何も見る所も無くロケットの発射台を見ただけだった。

鹿児島でも寿芳は行って来なさいと言われた。なるべくバスの近くのお店か喫茶店で母と時間を過ごした。

        宮崎県青島→宮崎→高千穂→は絵葉書を買って母と見て居た。

IMG_0056.jpg

臼杵→母も降りた皆とお喋りしながら歩く(案内人)の説明の途中で寿芳は何かに呼ばれて・・

石仏様(頭だけ)の前で涙が流れて、自然と心経を唱えたのは何故か解らない●謎●寿芳に付いて全員

が心経に加わって居た。母が付いて来て呉れたのも分からない。
       
         売店で石仏様のお顔の焼酎の瓶には後で捨てる事が出来なくて困った。

臼杵様頭

別府の夜は温泉に入って食事が済んで部屋に戻ったらすぐ母は、寝床へ・・疲れたのかな・・一人で窓から

外を見ても別府は、眺めが良くも無いし電気を点ければ母が起きるので売店で焼酎を買った。

耶馬渓は昔・来たとバスから美しい風景を眺め・青の洞門では、特に懐かしそうにして居た宇佐八幡宮は、

運転手の富ちゃん(毎回の運転手)と寿芳に手を引かれてお参りした。

下関に弟夫妻が辛子明太子を母から皆さんへのお接待を持ってホテルに来て泊まる。

サボテンの焼酎は不味かったらしい(10~15本)今の様に宅配が無いからバスの奥に載せて貰った。

寿芳は一番・最後に降りるから・だいたいの時間は養老SAから電話をして・添乗さんの家から20分位なの

で添乗さんが家に電話をして呉れたので車で待って居て呉れた。焼酎を降ろすのも大変だった。合掌

臼杵

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日本一周バスの旅・九州編   №1
2014/10/12(Sun)
              北海道から続く・・お遍路さんの夏休み

観光バス日本一周の旅・・五月二十日・・福岡中央郵便局→東唐津→佐世保→長崎中央島原→雲仙→

本渡→熊本城で一人乗り遅れて発車・運転手は初めての人で売店の人が手を振って見送ってくれると思

ったと・添乗さんが慌ててお城の売店に公衆電話を掛けたら居ると解った。

売店の方がバイクで送ってくれたが大きな声で呼んで走ったのに行き先も知らないし怖かったと大きな

声で泣き出したが皆でヘルメットが可愛かったと褒めたらニッコリ笑った。      合掌

種子島
                          熊本城
熊本城

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あけびの実を黙って貰って御免なさい。
2014/10/11(Sat)
        もう三十年前の事ですが御免なさい。

秋の秩父霊場で母が、あけびの実がなって居るのを見て欲しいと云い出した。

山の横の家に声を掛けたが誰も居ないので大きい五十円玉を三個・紐に通してあけびの実と交換した。

秋が来ると思いだして・・悪い事をしたと思って居ます。     合掌

秩父


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八重山郵便局へ主人と珍道中
2014/10/10(Fri)
             昭和62年2月3日・・夫婦二人の珍道中

朝食の時に・・溜め息を聞いて訳を聞いたら。ふふふ・・弱虫男一人で沖縄に行くのが退屈と、何時も会

社の誰かを連れて歩くのに一人とは・・へへへ~

チョット暇だから付いて行って上げようか・・「行くか」と、「郵便局に行っても良いよ」

沖縄で飛行機を乗り換えて八重山に着いたら先に郵便局に寄った☀付添料と通帳を渡したら☀当たり

千円は恥ずかしくて☀五千円☀私の勝ち☀レンタカーの予約をしてホテルに泊った。

夕食、私はステーキ・・主人はお任せ料理を注文した・・料理が来たら食べなくて眺めて居る・・??

主人が「代えて上げようか」と、「代えて下さいでしょ」と、虐めた。

半分あげるから・・自分のも食べなさいね・・此れ何だと思う「豚の耳と聞いたョ」と、此れは・・解らないけど

豚の足で無い・・私も知らなかったが真面目に答えて上げた。お腹が空いたら我慢できない人が・・

御飯に半分のステーキで我慢して居た。勿論、私の御飯も食べて居た。好き嫌いは私の方が酷い

沖縄 (2)

翌朝、レンタカーで島を回る・・此の先は無理だよ・・いいから・・良いから・・行き止まりだよ・・私が降りて

オラー・オラーと誘導して・・此の島では駄目だから帰る・・昼食も食べないで飛行場に行き沖縄に戻る。

飛行場のタクシー乗り場で運転手さんに一時間で行けるだけ・郵便局に行ってやってと頼んで呉れた。

四か所の郵便局に行き・・飛行機で東京へ帰る。飛行場のモノレールの駅から綺麗な富士山が見えた。

立ち食い蕎麦をガツガツ食べるのを見て笑っちゃった。寿芳は蕎麦が嫌いでホテルに着いてから

オムライスを頂いた。ホテルの食事が嫌いな主人はホテルの前の吉野家へ行き・私は、隣のうなぎ屋に

行った。浅草観音と上野の観音堂にお参りして郵便局を探して歩いた。珍道中は新幹線で外国の人に

主人のお節介・・マウテンフジ・・と教えたら凄く喜んで居た。京都は次の駅だと教えて名古屋駅で降りた。

                会社に行く主人に寿芳もバイバイ        合掌

沖縄
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本四国へ片手の遍路
2014/10/09(Thu)
        本四国八十八霊場・・・・前回の記事を消去して御免なさい。

昭和62年3月3日・・間瀬夫妻礼参り・・栗田添乗員・大型観光バス左肩が悪くて母のお共は無理と思った。

家で片手で布団や荷物を運ぶ練習をして出発・・何とか香川県迄は間瀬さんに助けて頂いて来た。

上着が着られなくてズボンにホカホカ懐炉を入れた。お昼頃に何か変・懐炉が踝に落ちて痛いので見た

ら低温火傷で水膨れになって居た・腰かけて居ると薄皮が張り一歩足を出す時破れる音が頭で聞こえる。

バスに何か常備薬が無いか聞いたが無かった、母の代参で歩く痛さ・・右手にお大師さん頭蛇袋を前に

掛けて我慢して帰ったら、席の前に有る編み袋に火傷の薬、消毒液ガーゼ包帯一式入れて呉れて有った

バスで買いに行って呉れたのだ。、添乗さんに見つかったら叱られるのに富ちゃん正ちゃん有り難う。

母の荷物を持って部屋に行くと遅いのね・足を見て馬鹿よと言われて荷物をほり込んで廊下で泣いた。

母は、間瀬さんに手伝って貰うのが嫌なのだと、分かって居るが痛さに負けた。

第83番一宮寺の夜のお勤めに出ないで、宿坊の玄関でお饅頭を売って居るお兄ちゃんに「売れる」と、

聞いたら「全然売れません」と、待って居なさい今から売れるから・・皆が帰って来た。

「此のお饅頭美味しいね、此れだけしか無いの」と、大きな声で云ったら我先に買い出したのを見て部屋

に戻った。さすが高野山には参拝出来なかった。

バスの停車するのは分離帯を超えたら、家だが娘が添乗さんからの電話で車で待って居て医者へ

連れて行って呉れた・・低温火傷の恐ろしさ・・合掌

一宮寺ぬ
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別格から極楽寺へ母の最後の遍路
2014/10/05(Sun)

       ☁本四国別格二十ケ寺を納め・・極楽寺のお地蔵さんに母の礼参り☁

平成一年五月二十九日・・☀今の寿芳の歳☀母と加藤さん☀母には寿芳・加藤さんには・横井さんが

付き添った。バスからサヨナラをしてから四人で中山タクシーにお世話に成り各地を巡拝した。

助手席に加藤さん・横井さんが外に出て加藤さんを降ろす。真ん中の寿芳は横井さんの後から降りて・

母を降ろす・参拝が済むと私の肩にもたれて居眠り「着いたよ」と声を掛けると「はい」と眼を覚ます。

龍光院 (2)

第六番龍光院本尊は十一面観世音菩薩・不思議な事が有った。弘法様のお顔に光りか走る?

横井さんも「不思議だね、寿芳さんの鈴が弘法様のお顔で光った」と、国道で母がトイレに行きたいと、

ドライブインで車を止めて貰って付いて行った。

第五番・大善寺に着いた時!寿芳の念珠が無い・必ず左の腕に掛けて居る・母は念珠を諦めなさいと

云った。母の云い付けは絶対☁涙☁お勤めが済んで消えた念珠・家族の鈴が●失くした自分が悪い

念珠

中山さんが、戻って探して呉れた(私が、車のボンネトに乗せたのを思い出して戻った)ら・・バックした時に

自分が引いたと思う。念珠の糸は切れずに鈴が潰れて居た。念珠入れに仕舞って帰って家紋二個にした。

第二十番大瀧寺☀満願☀で帰り路を間違えて・奥塩江温泉に泊まった。遅くなり可哀想な事をした。

大瀧寺

帰る時・・母か「寿芳悪いが極楽寺に寄って呉れないお地蔵様にお礼が云いたい」と、聞いてきた。

中山運転手は「近いから良いですよ」と、第二番・極楽寺のお地蔵様にお参りして居る時に中山さんが

お庫裏さんを呼んで呉れた。お庫裏さんの結婚から知って居る母。お庫裏さんに三人を頼み・

        お庫裏さんが、弘法様が狭い車の中眠らせて下さったのよ
1番霊山寺・極楽寺

御本尊阿弥陀如来様と弘法様に横井さんとお参りした「道中有り難う」とお礼を云った。

「加藤さんも喜んで居たから良かった有り難う」・・疲れたね。

昔・母がお遍路中に腸捻転で帰る時にお地蔵さんに御願いしたらしい。「此れで済んだ」と嬉しそうな母

母は兄弟全員の数珠を形見に受けたが・寿芳は数に入って居なかったチョット僻んだ・

会費も、絶対に払って呉れ無かったのが・後になって分かった。

     (寿芳と対等に喧嘩がしたかったと思う・遠慮して歩く娘の姿が見たくなかったと思う)

別の念珠をお世話になったと渡してくれた。此の別格20ケ寺が最後と思って居たのかな

お納経帳一冊に・一粒なのに中山運転手がお寺に頼んで受けて呉れた。感謝した

        最近は数に制限が無い聞いてガッカリ・値打ちが無くなった様に思う     合掌

                    母の形見の念珠
母の形見 - コピー
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