兄弟遍路・本四国別格20ケ寺
2014/12/30(Tue)
傘寿の年寄りが皆様に励まして戴き有り難う御座いました。

皆様の御多幸をお祈り致しております。良いお年をお迎え下さいませ。合掌


兄弟遍路で数珠を戴き又別格に行きたいとお供する事になりました。

   平成18年3月5日・早朝5時に娘と愛犬に見送られて出発

皆の邪魔をしないで歩けるかチョット不安・・二日前に足の親指の爪を剥がして痛い。

日曜日で神戸のラッシュも無く→淡路島SAでトイレ休憩→鳴門大橋では渦潮は見られなかったが車の

メータが→333・3km←になった。慈眼寺の滝を見ながら三人がお握りを食べ出した。私は経が挙げられ

ないと困るからと断った。10時・予定道理に・別格第三番・慈眼寺に到着。遍路の始まり→マーチンの鐘を

お供に心経が山の彼方へ消えて行く・不思議な鐘の音☀合掌☀

別格3番


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四国第2番・極楽寺・応援遍路・北海道33観音霊場
2014/12/27(Sat)
       寿芳さん~北海道巡拝を手伝ってと電話が有った。

 北海道33観音霊場・平成4年10月7日・本四国第2番・極楽寺のお庫裏さんに同行・11泊12日☀満願☀

名古屋小牧空港に顔も知らない人達5人が集合・飛行機で千歳空港へ到着ロビーに笑顔のお庫裏さんが

迎えて呉れて四国の人達と合流して、バスの中で自己紹介・・私は人見知りをしないから始めから全員

とお友達になった。部屋割は私とお庫裏さんと同室だったが11日目は、お庫裏さんに失礼して帰り支度

のお手伝いをしに皆さんと泊まった。旅に馴れない人達の荷造りは、困る事は解って居た。お庫裏さんが

探して呉れるがお酒の飲めない私には最後の夜は皆と騒ぎながら荷造りのお手伝いがしたかった。

別れたら何時会えるか解らない。二度目の北海道霊場だが信仰深い人達に迎えられて・経も一緒に・

(前回は郵便局で驚いたが)・・前回と変り無く暖かく迎えて下さった。最後の昼食はバス会社の社長の

手配でとても美味しい北海道の御馳走でした。お庫裏さんと、色々話したが各お寺に挨拶をして巡拝する。

お庫裏さんを可哀想と思った。お庫裏さんのお守も大変でしたが省略・・贅沢遍路でした。帰りに小牧で

5人とお別れして我が家に帰り・娘に千観音満願を知らせて遍路を終わり・・家族旅行に切り替えた。

寿芳の大切な本四国第2番極楽寺の住職とお庫裏さん・何時までも四国で待って居てね☀合掌☀

御住職が竿竹を立てて・男の子が出来たと喜んで居たお孫さんが副住職とは年月の流れは早い

北海道

             白衣も・作衣を脱いで熊に乗る楽しかった。
熊
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家族遍路の無理・リハビリ&初めての携帯
2014/12/24(Wed)
平成13年3月31日の(槇尾山)からの腕の痛みは日に日に痛みを増して来る我慢も限界に。

痛くて涙が出るが・明日になれば治る・我慢・我慢・何時もお世話になって居る、クリニックにも私は、行か

なかった・・6月13日・駄目だ2・3日前からまるでプールで溺れた時の様に肩が重くて痛い・・・横向きに寝る

事も出来ない・私は、次女に先生の処へ連れて行ってと頼み、院長の診察を受けた。

レントゲンを診て院長が「骨髄炎ですな~一人では無理だから、週に2~3回リハビリを受けなさい」と、

二階のリハビル室に上がる。橋先生が「何処迄上がりますか!」上がるどころか触られても痛い。

肩を温シップの後、マッサージが始まったが痛くて涙が出る。娘が待っていて呉れなかったら、逃げ出し

て居た。娘が「毎日来た方が良いですか」と、先生が「出来たら来て下さい」と、娘が・3ケ月毎日入り口の

腰掛で待って呉れて居た。(帰りの外食が楽しみだから、気にしないでといって呉れるが悪いと思う)

長女がメールをして居るのを見て・次女に持たせたくなった。姉と電話で話せない事をメールで話せたら

と思い買う事にした。私が欲しいと云わなければ、次女は買う事の無い子。オハー元気・今日は雨だけど

痛くない・・娘婿からメールを呉れる。10月になりリハビリも週に二回迄減った。始めの痛さは無いが、

付き添って入り口の腰掛で待って呉れる娘にゴメンネ(橋先生が下の階で待って居ると風邪が移るから

二階で待つ方が良いと)11月22日に私は、お歳暮を贈る為に住所が知りたくて・先生に携帯番号を聞いた

先生の手に私と同じ携帯が有った。悪戯メールで先生をからかうのも嫌になった。

此の携帯は家族だけの物・私が間違いメールをしても笑って許して呉れる人の為に使う事にした。

今でも先生にメールをするが。優しい人に頼る年寄りにはなりたくない。今年は、ブログに挑戦して雑誌に

載せて頂いたり・とても楽しい一年でした。皆様にお邪魔な思い出を書いてゴメンナサイ

今は、軽い白内障でパソコンは二時間と眼科の先生に決められました。初めての携帯。   合掌

携帯

            ☀今年の一番・嬉しかった雑誌の写真を☀

寿芳

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・謎が解けた・最終章
2014/12/21(Sun)
平成11年2月21日~平成14年3月24日第24番・中山寺→番外・花山院☀満願☀寿芳も70才

白いお軸が朱の衣で染まりました。家族六人揃って満願を戴きに巡拝・弘君の心配そうな顔に、笑って

私は「大丈夫だよ・まかせなさい」なんちゃって・出発先日どうして間違えたのか?中国道の宝塚インター

を降りて、中山寺に到着中山寺の山門は、昔と変わり無く奉納の大きな草鞋の奥からお仁王様がヤァー

良く来たな大きな目玉で見下ろして、頭を下げる私達に「あん・うん・通ってよし~」智徳が使い捨てのカメラ

を買いに走るのを見ながら・先に参道を進む。手洗い鉢の蓮の花から、お水を汲んで居ると吃驚する様な

大きな声・将徳が「バァちゃん・エスカレータが有るよ」と、呼んで呉れた。驚木・桃の木・山椒の木・お寺も

近代化したもんだ。後で聞いたら三日前から動いたとの事?先日の迷子は、観音様が私に楽をしなさいと

御褒美の迷子かな。本堂で次女が「智徳が可愛いよ」の声で振り返ると・山門で堂々と頭を下げて居る姿

に感動した。幼い頃のお遍路さんを覚えて居たのだ。私の弟子の第一号。

本堂の御本尊は・十一面観世音菩薩・六人で並び満願の心経三巻を挙げた。此れで私の弟子は五人に

なった。満願になるお軸の御観音様にお会いしたくて・納経所に付いて行く・退屈そうにして居る方達に。

「満願を戴きに来ました」と、挨拶をすると「満願ですか、お目出とう御座います」「皆様でお願いします」

四人の前に一冊ずつ置いた。最後の人に私の納経帳を出すと「此の字は○○さんだよね~」と、

皆が懐かしそうに眺める☁其の方はと、お聞きしたかったが止めた。番外・花山院に着いた。

二十四番中山寺 (2)

西国三十三ケ寺巡拝最後の寺☀御本尊十一面観世音菩薩☀のお礼の心経を挙げて納経所で驚いた。

「此の納経帳は花山院のですよ」と、吃驚・私が初めて納経帳に朱印を戴いたのが花山院だったとは私は

忘れて居た・昭和57年11月23日・私に初めて仏心を授けて下さったのがお軸・今熊野・十一面観世音菩薩

納経帳・花山院十一面観世音菩薩・御袈裟を授けて下さった四国44番・大宝寺御本尊十一面観世音菩薩

初めて不思議な御縁に驚いた。何時も不思議に思っていたが謎が解けた。夢幻の世界は我が心にあり・

無限の力を今は信じる。困った時には何時も十一面観世音菩薩の御助けがあった。     合掌

花山院

打ち上げは三田屋に向かうが迷子・何とか到着・何度も愚痴る弘君に・私が「着いたからもう良いよ」と、

口答え。プィーと弘君が車に行ったが・食事が済む頃には御機嫌さん。外は春の夕立ち吃驚

神戸の南京街に長女が行きたいと・私が「神戸夜景が見たいな~」と、次女が「虹が見えないかな~」と、

云った途端に☀満願の虹が驚き☀南京街で食べ歩き、帰途で迷子吃驚・湾岸道路から神戸の夜景が・

観音様の御褒美の迷子かな。将徳「だから三田から帰れば良かったのに」智徳が「美味しかったからい

いじゃん」と、長い道中お疲れ様でした。此処に載せた納経は・私が初めてブログを始める時に娘が作

って呉れた西国三十三観音霊場の納経です。次からは又変なのが載りますが御許しを合掌

P1010001.jpg
今日は、今年最後の弘法さん日なので二度・載せて皆様の良い年をお祈り致します。  合掌
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西国三十三観音霊場・家族巡拝・12章
2014/12/21(Sun)
平成14年3月16日・第20番・善峰寺→第21番・穴太寺→第22番・総持寺→第23番・勝尾寺→四人の参拝

花山院へ向かったが吹田で中国道に入れなく始めから迷子・吃驚豊中インターで引き返して?京都府と見

た時・予定変更をした。向日市を探すのに家族が一つになって地図を見る。善峰寺に到着!!麓から見た

懐かしい姿は無く・あまりにもの変貌だったが山門から本堂は変り無く、私達を迎えて下さった。

お参りが済んだ後・妹娘が日本一の松を探しながら境内を歩き・洛西の観音堂を聞きに来た「上がって直

ぐ回転扉が有って、其処を入れば行けるよ」と、教えたたが娘が「ないよー」と、戻って来た顔の真剣さに、

私も石段を登る思い違いだろうか?洛西霊場を巡拝した頃の私には近かった。

二十番善峰寺

昔の面影も無い。お店で竹の子御飯の昼食の時・昔から有る遍路路を行く事を、弘君に提案して穴太寺

に向かう。まだ御観音様は修行に出られて留守だった(昭和43年に盗難)御本尊様が盗難にあっても・

修行とは変だと思ったが・・何事も考え方納経所の前の藤棚で一休みして居たら・次女が「ねえー綺麗な

釈迦涅槃像をお参りして来た、寿芳もお参りして来なよー」と、せかす。私が迷って居ると納経所の中から

「御縁を戴いて来られたら、お布団を捲って、痛い処を撫ぜると良いですよ」と、云われて少し迷ったが・

マァ―いいか・お遍路さんでは無いからと思い本堂に向かうと後ろから弘君が付いて来た。本堂の中は薄

暗く、右横に赤い御布団を掛けて☀綺麗な☀優しい☀可愛らしい☀御釈迦様が笑って見えた!?私には

眠って居る様には見えなかった。弘君が「俺も腰を治して貰おうー」と、御布団をめくる姿が可笑しかった。

二十一番穴太寺 (2)

国道171号(遍路道)を総持寺に向かい走る。弘君の機嫌も良くなる。身体の悪い人は此処からどうぞの立

て札に誘われて、弘君の手を借りて本堂へ。娘二人は仲良く山門に向かいお仁王様に挨拶。
     
                 総持寺の納経のページは昔の証拠
二十二番総持寺

2時30分勝尾寺に到着・昔の面影は全然無し。達磨さん転んだ・西洋石楠花の蕾を見ながら石段を登る

娘に「余所見をして居ると転ぶよ」と、云われたが、想像しただけでも咲いたら綺麗だと思う☀見たいな~

迷子の一日に感謝して打ち止め・・きっと御観音様が六人で始めた巡拝だから・納めも六人で打ち止め

なさいと二ケ寺残して下さったと思う。今度で満願お招きは何時かな・弘君お疲れさまでした。  合掌

二十二番勝尾寺

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・11章
2014/12/20(Sat)
平成13年11月18日・第27番・書写寺→第26番・一乗寺→第25番清水寺

姫路の紅葉できっと大変な混雑と予想して・朝五時に出発した。大津のパーキングで休息。10時30分頃に

ロープウェイに乗り山頂に着く・歩く自信は全く無い。小雨の中・子供達が馬車の乗り場を尋ねて呉れた、

今は廃止されたと聞いた瞬間☁諦めた☁最後に参拝したのは平成元年3月16日12年の年が過ぎて居た。

(智徳が馬車に乗せて呉れると云った馬車でなければ歩るか無いと座り込んで困り)私がおんぶして歩い

た。「バァバ頑張って」と、山門で背中から「大丈夫・・アンヨする」と、私の汗を拭いて呉れた・小さな手を思

い出した。娘も大分体が悪そうだが参拝させたかった。弘君に「先に行ってお軸を戴いて来て、山門で経を

挙げるから・頑張るけど戴いたら戻って来て。道は一本だから大丈夫だよ」と、姉が一休みしたらと・妹を心

配する・二人を気遣って呉れた。後少しだから、頑張れー娘を励ます自分に驚いた。(昔・観音正寺のお招

きが無くて苦しんだ思いをさせたくなかった)足元を気にしながら歩く・・・わぁ~綺麗・・の声で顔を上げると

見事な紅葉だ!!おまけの石段を登る「寿芳・余所見をして居ると転ぶよ」・・本堂に・・弘君の嬉しそうな

笑顔・先取のお軸を前に四人で心静かに経を挙げる。本堂の舞台から眺める紅葉の素晴らしさ・観音様の

お接待だった。良く頑張ったネ一休みして行きなさいと☀一幅の絵の様だった☀

二十七番園教寺

本堂を出る頃・次女が元気を取り戻した「綺麗だから此れをお土産にする」と、二人の娘の手に銀杏と紅葉

が握られてした!!私が「駄目だよ・境内の物を持ち帰るのは禁止」遍路の心得を教えた。

石段の下の茶店で一腹・次女が「玉子が食べたい」と、茶店に買いに行く(今迄此処に茶店が有ったのも

覚えて居ない)次女に「お握り買って」と、私がおねだりしたら・次女が「ハイお接待だよ・大福も美味しそう」

と、美味しいお握りだった。私が「此処でお昼にしない」と、四人でお店に入った。お店で食べたお握りより、

外の紅葉を見ながら食べたお握りの方が美味しかった。予定道理の時間・帰りのロープウェイで足が笑う

ガクガク・山麓に戻り四人で打てた喜びが込み上げて来た・列を作る車を見ながら「早起きして良かった」

一乗寺は本堂修理の為・仮堂で参拝・・紅葉が綺麗だったがあまり参拝者は居なかった。

二十六番一乗寺 (2)

清水寺に向かう門前の喫茶店で休む・一杯の珈琲が仇となった。清水寺への道を尋ねた時油断した。

確り聞かないで出発・娘と弘君の話で迷子になったらしい私が「ガソリン入れたら」と、助けた心算・・方向

が反対だった(中山タクシーでは毎度の事)私が「弘君の欲しがって居た地図が手に入って良かったね」

慰めにも成らない事を云った。迷いながらも二人のお蔭で無事に3時半過ぎに御嶽山清水寺に到着。此処

で打ち止にする事にした。花山院迄の時間が私は解って居た。予定は未定・無理は禁物山門を出る前に

「虹だ・虹だ」と、次女が騒ぎ出す。雲間から綺麗な虹が・・御苦労様と御観音様が御褒美を下さった。

二十五番清水寺

中国道で吹田からの渋滞を知り・三田で回避する事にして・三田屋でステーキを食べる事にした。

ギターの調べと電飾・チョット豪華な雰囲気で打ち止め・・・次女が「迷子になったから、虹を見る事が出来

たと・弘君をねぎらう優しさに!!自分で調べて、目標が解って居なが口を出さない自分に反省   合掌

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・10章
2014/12/19(Fri)
平成13年6月9日・第16番・清水寺→第17番・六波羅蜜寺→番外・元慶寺

修学旅行や参拝者で、賑やかだった・三年坂の・かさぎ屋さんのお婆さんは元気でした・おはぎを注文。

娘二人も楽しそうにお店を覗いて居なくなる。清水寺の本堂は相変わらず人・人で本堂の前の舞台は威厳

が無い。舞台から眺める・五重塔は朱の色が青葉に負けて居た。音羽の滝で長女が霊水を求めて・元気

になってねと渡して呉れた☀娘の愛の宝・お加治水☀嬉しかった。弘君は滝の水に苦戦して居た。

十六番清水寺

前に下の娘と寄った清水坂のお店で昼食にしたが・暑くて窓を開けるとスーと風薫る。「美味しいねー」と、

云えば・下の娘が「でしょー」と、鼻高々。お世話になった人達に、お漬物を送った後・喫茶店に弘君と先

に入って・二人が来るのを、庭を眺めながら待つ。駐車場に行く迄が二人の寄り道で又大変・トホホ~巡拝

を忘れて喜んで居るお二人さん・まあ~良いか・私も優しくなったな~方向音痴の私の誘導で何とか・・・

六波羅蜜寺へ到着・京都の道は狭い。本堂に座ると何だかほっとした??御観音様のお顔も優しく微笑ん

で見えた。又のお招きを願い・納経所で番外・元慶寺への道を尋ねた。

十七番六波羅蜜時

畑の中に有ったはずのお寺の辺りは家が建ち・風景がぜんぜん違ったが・一歩山門を入ったら昔の儘。

本堂に蝋燭立てに灯がともり・線香の香りが時を止め・懐かしさがこみあげて来た。御住職が「以前来られ

たのは10年前ですね」と、云われ・私が「畑が無くなりましたね、道も解らなく困りました」と、答える。

御住職は「随分変わりました時代には勝てませんよ」と、話しながらお軸とお納経を戴き・御住職のお疲れ

様でしたの声を背に・・御留守の仁王門を出る。お仁王様も出稼ぎとは、世の中も変ったな~。帰途に着く

番外元慶寺       

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・9章
2014/12/18(Thu)
平成13年3月31日第2番・紀伊三井寺→第3番粉河寺→第4番槇尾山→第5番藤井寺

桜の花のお出迎え・美しい懐かしい風景紀伊三井寺の階段を家族に助けられて登る。下山する時、足が

笑い善綱の有り難さを知る。(歳のせいでは無い普段から歩か無いから)

粉河寺の桜は満開(母の笑顔を懐かしく思い出した・寿芳桜が綺麗だね・甘酒でも飲んで行こうよ・次の

槇尾山は大変だよ・一休みして行こうよ)と、母の声がした。20年も前に母と始めて参拝した時の儘・変わら

ない粉河山の風景。私は二度目の奇跡を信じて、西国難所の槇尾山を選んだ。麓で雨がぱらぱらと降る。

「傘を持って行く」・「私は大丈夫お大師があるから」孫か傘をさして呉れた。自然の恵みを受けて歩き出す

槇尾山も懐かしいが歳を感じる。山門を入る前に私が「弘君と将徳は先に上がって鐘を突いて・蝋燭を挙

げて呉れない」と、お手引きを頼んだ・御観音様に辿り着ける自信は無い難所。紀伊三井寺を下山した頃

から・腰の痛みは消えて居たが・息が苦しくて声も出ない。横に付いて呉れて居る智徳に「此処に居るから

代参をして来て」と、頼んだ「解ったと」と、一言・姿が消えた。静寂が怖い・此処まで来た後少しだ・寿芳

頑張れ・苦しみの後には楽が有る。息を整えて・お大師様に縋る・なむ~だい~し~へんしょ~こんご四国

の横峰山を思い出し・・お杖に縋り一段・一段・夢中で家族の待つ頂上へ頑張った・・ヤッター嬉しかった。

将徳の「おばあちゃんが来たー」と、喜んで呉れた声が今も耳に残って居る。家族が願って呉れたから、難

所を乗り越える事が出来た。頂上のお水の美味しさ・甘露・(母の歳になって、四国の大龍寺で登って来た

母の気持が解った)高速の入り口を間違え時間が無い・弘君の焦りが体に伝わる。「今度にしたら」と、孫

の声・御観音様にお与えを下さいと願った。藤井寺☀御本尊十一面観音様☀心経を挙げて御招きを感謝

御朱印を戴いた願えば叶う幸せな参拝を有り難う御座いました。家族の皆は・やれば出来ると解ったかな

??娘婿・弘隆君お疲れ様でした感謝・・帰途に着く・・孫達の居眠り     合掌

四番施福寺

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・8章
2014/12/17(Wed)
           皆ニコニコ嬉しい御報告☀御観音様☀にお礼参り

平成13年2月2日・第九番・南円堂→第10番三室戸寺・春まだ遠い朝、智徳の高校合格の礼参り。

家族は車の中で明るく笑う。亀岡を過ぎた頃から雲行きが悪くなり・伊賀の峠では雨混じりの雪となる。

奈良に入り・南円堂に着いた時には雨も上がったが鹿の姿が無かった。参拝後に猿沢の池で一休みして・

大仏殿に向かったが土砂降りの雨になった。大仏殿の仁王様に御挨拶・・鹿に煎餅を食べさせるのも、楽

しかった。大仏殿の柱に智徳が挑戦引っ張り出すのも・頑張れ・頑張れと笑いが有った。

傍で見て居た子供に「お兄ちゃんでも通れたから、大丈夫だよ」と、笑いながら話し掛けたのが嬉しかった。

其の子も一生の思い出を作ったと思う。大仏殿を出る頃、雨も上がり・吉野葛のオヤツを食べて→宇治に

向かう。三室戸寺の境内で下の娘が?何を願って回して居るのか其れに寄って回す方向が違う・・嫌な事

なら向こうに回す・・願い事に寄って違うよと教えた。帰途に着いたが宇治で迷子で団地をドライブ・・・合掌

九番南園堂 (2)

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西国三十三観音霊場・家族巡拝・7章
2014/12/16(Tue)
平成12年4月9日・第15番今熊野→第18番六角堂→第19番革堂→第30番宝厳寺

今回は五人での参拝。朝が早かったから長浜港一番の船に乗る事が出来た。お天気が良く琵琶湖は、

穏やかで四方の山々が墨絵の様に美しかった。誰も船酔いもせず竹生島に着く。帰りの船の時間が決まっ

て居るから・弘君と将徳が石段を駈け上がる。参拝後、お土産を買う時間も無く・船に乗り長浜港に戻る。

三十番竹生島

時間が早いから京都に行く事にした。お花見客で清水寺には寄りつく事も出来ず・☀観音寺今熊野☀

私が初めてお軸に朱印を戴き→観音霊場に巡拝の懐かしい霊場。桜の花は満開で何だか優しく昔に帰る

☀おかえり☀と出迎えて下さった。本堂に家族で並び心静かに経をあげた。

☀僕にも心経を教えてと毎朝来た将徳☀の経は力強く立派に皆と揃った。京都の中心地にある六角堂の

駐車場は何時も困るのにすぐ見付かり助かった。境内の桜は満開で、鳩の良く似合うお寺だ・昔の面影は

無かったが本堂は健在だった。池坊のビルに驚く・・本堂が小さく見えた。時代は変化する。
    
十八番六角堂

革堂では住職の尼様がお軸への筆・朱印が押された。受け取る弘君の挨拶も丁寧になった。

良い匂いクンクン娘の鼻が動く・・門前蕎麦屋の出し汁の匂いだった。お腹は一つ食べられなかった。
                        合掌
十九番革堂

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