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本四国・母と義弟・供養の遍路
2015/01/29(Thu)
平成2年4月17日・四国百ハヶ寺供養の遍路・12泊13日・妹・横井・中川・寿芳・中山タクシー

交通事故で48才の若さで義弟が此の世を去り・母が一月後に後を追う様に亡くなりました。

此の儘では妹が駄目になると思い・四国遍路に連れて出ました。今日迄ブログに書けませんでした。

仲の良い夫婦で妹達は同級生20才で結婚する時・母は長く家に置いて居ました。母も退屈になると義弟が

会社の帰りに迎えに行き・父母(戦死)愛情を知らない義弟は母を慕って呉れて居ました。

第一番・霊山寺で参拝の時写真を出して前に置く・私が写真を前に置いては駄目だよ・義弟も育江と仏様

にお参りしたいのに・仏様に背中をみせては仏様が見えないでしょう・首から掛けて居る納め札入れに立て

て参拝させた。第5番・地蔵寺で泣きながら・私のお接待を誰も貰って呉れ無いのは何故?嫌われて居る

お接待 (7)

金襴の数珠入れを220個作って配った。第44番・大宝寺迄に貰って戴く為に5人で分けた。

主人の供養は出来ないのか・お姉助けて~・お遍路さんに前で中山さんが配って居たのを知らない、妹は

同じ人に渡して断られた事を知り・今、泣いたカラスは笑った。9歳下の妹が可哀想でも供養の一声で歩く

姿が今も思い出される。第69番・観音寺の裏山の☁銭形・砂絵・琴弾山頂有明浜の白砂に描かれた雄大

な奇観「寛永通宝」石に腰かけて泣きたいだけ泣きなさい・此処で涙とさよならしようね・無理な話だが

兄弟遍路で訪れた時・何も覚えて無いが此処だけは覚えて居ると・・笑った。兄弟遍路で載せました。

1番霊山寺

兄弟遍路で、年老いた寿芳を一生懸命・励まして呉れました。兄弟遍路は一番下の亡き弟の供養でした。

戦後8月23日にお産婆さんが間に合わなくて寿芳の手に生まれた弟☁兄が8月29日にあの世に旅立ち☁

☀たった一週間の兄弟でしたが☀6年生の寿芳は弟を取り上げ☁兄の死に水をとりました☁

辛かったです・母は戦後・間もなくから亡き兄の供養に本四国遍路をして居ました。      合掌

別格1番

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