越後三十三霊場・孫の百観音☀満願☀  最終
2014/10/22(Wed)
           お遍路も後一日・・新潟市に入った、道が解らない車が迷子・・

「中ちゃんさっきも此処を通ったョ」・「智君どうして解った」・「あのクジラさんが三回」私は郵便局に入って、

道を尋ねて記念のスタンプを待つ間にお米のうどんを見付けて家に送った。四回目の鯨を通る時智徳が

「くじらさん又ネ」・「智君もう一度通るよ」と、中ちゃんは私達が知らないと思って居たのに智徳に知られて、

笑って誤魔化した。道が分からなくなると(郵便局が命綱)

智徳が車で昼寝をして居たので、納経所の近く起こすのが可哀想で中ちゃんに頼み参拝して戻ると。

「僕もお参りしたかったのに~」と、中ちゃんの玩具のお接待をして貰ったのにやはりお婆ちゃん子・玩具に

もつられなかった.予定どうり最後の宿に着いた。越後の冬の為に寝る小部屋が付いて居た(四畳半位)

広い方は横井さんと能美夫妻に中ちゃんが能美のお父さんに一緒にと云って呉れたが。

明日の帰りを考えて「中ちゃん今夜はゆっくり休んで、かえりの運転は山越えよ」と、仕事で馴れて居ると

云っても、中ちゃんが疲れて居るのが解った。☀最後の晩餐会は豪華☀何時もは最低で我慢するが、

誰でも最後は覚えて居るからと中ちゃんに教えて有った。誰もお酒は飲めないがビール一本の乾杯。

智もジュースに御満悦・私達が中山さんにお礼を云ったら・智徳「有り難う御座いましたお疲れ様でした」

皆の真似に全員が笑った。最後の日佐渡が島を右に見て海岸通りを走り最後の札所に着いた。

(智徳の百観音)☀全員の満願☀のお寺は静かに私達を迎えて呉れた。お堂の前で心経を三巻挙げた。

何時も満願には涙が出る。智徳も門前の小僧で心経を唱えて居た・中山さんも納経を済ませて並ぶ。

住職が「お堂の中にどうぞ・お済なったら彼方でお待ちしてます」と、お堂を開けて下さった。

御観音様のお顔が蝋燭に揺れて優しく微笑んでみえた。南無大慈大悲の観世音菩薩・家族の健康と帰り

の道中祈願を☀☀蝋燭を消す☀☀終わった。私が「此処が越後三十三霊場の満願です・お観音様のお招

き有り難う御座いました」住職が「遠い道中御苦労様でした」・「この子が此処で百観音を納める事が出き

ました」と、「此の年の私でもお参り出来ないのに・僕は偉いね忘れると思うが年に一度しか開けない井戸

●命の井戸●僕に汲んで・お茶を入れて上げようね」と、水を汲む住職の後ろから覗く「僕も汲むかね」

興味が有る智徳は「はい」と、お茶を出して頂いた。お茶受けの・笹餅・きな粉を付けて美味しそうに食べ

る。智徳は「もう一つ良いですか」・「住職がきに入ったの田舎の食べ物だょ沢山食べなさい」と、

笹餅の由来を話して頂いた。私は智徳のアトピーが心配で「智徳、又痒くなると辛いよ」と、止めたら。

智が「美味しいな~お母さんにも食べさせてあげたいな~」・・三個位食べた。お婆ちゃん子の智徳も今日

帰ると解れば☀母が恋しい☀のだ住職が智徳の食べる姿を見ながら、机に向かい筆を取り・五枚の色紙

を書いて越後の土産にと其々に渡して下さいました。私は「思い出が出来ました、名古屋迄時間が掛かり

ますので失礼します」と、帰路に着くお腹がいっぱいで智徳は山越えも知らずに眠る。夜中に娘に智徳を渡

した時の智徳の嬉しい顔&娘の顔が思い出される。我が家に帰ったら下の娘が迎えて呉れた。

娘は「何時も良かったね・お疲れさま」と、迎えて呉れる。愛犬達も喜んで迎えて呉れる幸せ者・・・・、

小さな可愛いお遍路さんも白衣を脱げば普通の子あの時の姿は今も私の同行者の姿
        
           ☀若い私が引いた手を・今は私の手を引いて呉れる☀      合掌
直子
                             寿芳
智徳
                             智徳
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