名古屋が燃える                           ID:v2t2km
2017/05/13(Sat)
               ☀名古屋の大空襲の写真を見て思い出す☀
名古屋が燃える

  昭和19年12月19日・東区大幸町三菱重工業に・姉は学徒動員で行って居ました。夜になっても帰らない姉を家族は、燃える空を見て泣きながら祈り名前を呼び続けたそうです。

姉は夜明けに靴の底の無い真っ黒の顔で戻って、逃げる時手を繋いで逃げて居た友達が倒れて息が無いので、何方に逃げれば良いか分からなかった時・お月様を見て南に行けば家に着くと歩いたそうです。

  私は、集団疎開で津島の宝泉寺の鐘突き堂から・名古屋の空に落ちる焼夷弾を、何故か綺麗だと思いながら・名古屋が燃えるのを見ていました。伝令が来て寿芳の家が燃えたと聞いた時、驚きの余り涙は出ませんでした。お昼頃に叔母が来て工事の二階が燃えただけで、家は大丈夫と知らせて呉れました。

               ☀今の、名古屋駅前に弁天閣・・旅館だったと思います☀
弁天閣

     ☀貯木場に材木が沢山水に浮かべて有りましたその先が海☀ 今は、公園になって居ます。
貯木場

               ☀電車道に荷物を運ぶ馬が並んで歩いて居ました☀
戦前馬車


              ☀伊勢湾台風の頃は、私は、鳴海に住んで居ました☀
鳴海の国道を、お握りと・水・懐中電灯・など持って歩いていたら、親切な方が車を止めて行ける所まで
乗せてあげると八熊の橋迄乗せて下さいました。母が腸捻転の手術後で、実家に帰るのに市電の駅三駅ぶん膝まで浸かって歩きました。家は大丈夫でしたが、知らない方達が流されて来て、実家は満員でしたが・母は私に主人の、義姉の家に此れを届けなさい・其れが私の務めだと追い出されました。合掌寿芳
伊勢湾台風
     ☀此れが書きたくて・・私と市電の遍路道・・と思います。此の本には懐かしさや怖さ☀
            ☀遍路道も、地元の人々のお陰で歩きやすくなって居ます感謝して歩いて下さい☀
                                             合掌 寿芳
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